[]ご冗談でしょう、ファイマンさん

今日でブログ生活2月目。ブログで少しずつコラムとか本、映画の感想とかどんどん書きためていこうと思っているのだが、まだあまりコラムと書評がない。というわけで、今日は本の感想。

リチャードPファイマンは物理学者として非常に有名である。筆者は名著「ファイマン物理学」を高校時代に読み、物理に対する想いを強くしたものである。日本では、朝永振一郎とともにノーベル賞を受賞したことで知られている。もしくは、スペースシャトルの事故調査をしたという事でも日本では知られているかもしれない。しかし、ファイマンが原子爆弾の製造にかかわっていたということは、物理の人間にはよく知られているが、一般の人々にはあまり知られていないのではないでしょうか?アメリカで初めて原子爆弾が作られたとき、無邪気に喜ぶアメリカ人達の様子が以下には鮮明に描かれています。 戦後、ヒロシマナガサキ原子爆弾のもたらした悲惨さが世界中に伝わりますが、このときはまだ核兵器の恐ろしさを作った当事者自身が理解していなかったことが伺えます。核戦争は現在までのところ起こっていませんが、これからも起こらないことをただ願うばかりです。



 とにかく原爆実験のあと、ロスアラモスは沸きかえっていた。みんなパーティ、パーティで、あっちこっち駆けずりまわった。僕などはジープの端に座ってドラムをたたくという騒ぎだったが、ただ一人ボブ・ウィルソンだけが座ってふさぎこんでいたのを覚えている。

<中略> それから間もなく僕は文明の世界に帰って、コーネル大学で教鞭をとったが、<中略> 工夫が橋を造っているところや、道路工事の現場を通りかかると、何て馬鹿な奴らだろう、何もわかっちゃいないんだ、と思いはじめるのだ。ばかばかしい、何であんな新しいものなんか造っているんだろう? どうせ無駄になるものを...。 だが、ありがたいことに無駄になると思ってから、もう四〇年近くたつ。だから橋などを造るのが無駄だと思った僕は、まちがっていた。そしてあのように他の人たちが、どんどん前向きに建設していく分別があってよかったと、僕は喜んでいる。


『ご冗談でしょう、ファイマンさん』下から見たロスアラモス(R.P.ファイマン著、大貫昌子訳)より